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留学生 震災ボランティア活動参加

2011.06.06

 

留学生 震災ボランティア

5月27日、日本語学校生170人が津波被害を受けた地域の溝のヘドロ除去などのボランティア活動を行いました。アークアカデミーの外国人留学生も参加し、日本復興のために汗を流しました。

活動参加への思いや感想の作文をぜひご覧下さい。

 

 

ノ ミョンチョル 韓国 日本に来て初めて参加したボランティアは、宮城県石巻市での・・・ 続きを読む
リュウ セイ 中国 2011年3月11日、世界を震撼させた日本の大地震の発生以来・・・ 続きを読む
コ トウ 中国 突然発生した災難に直面し、ARC日本語学校の学生たちは・・・ 続きを読む
キョウ コウレイ 中国 2011年5月27日、日本語学校の留学生170人がボランティアとして・・・ 続きを読む
トウ コウ 中国 5月27日、東京や仙台の日本語学校で学ぶ留学生たちが・・・ 続きを読む
オウ シエイ 中国 私は、先週の木曜日ボランティアとして東北の震災地へ・・・ 続きを読む
シュウ カシン 中国 寝ている時、電話が鳴った。「もしもしあなたの靴のサイズは・・・ 続きを読む
ケイ キュウケツ 中国 5月26日、私はボランティアとして宮城県へ行きました・・・ 続きを読む
ショウ コウショウ 中国 今回のボランティア活動は、非常に疲れましたが・・・ 続きを読む

留学生 震災ボランティア   留学生 震災ボランティア

渋谷校 ノ ミョンチョル(韓国)

原文:韓国語

日本に来て初めて参加したボランティアは、宮城県石巻市での道路配水管清掃でした。自然災害で多くの人が全てを一瞬で失う可能性があるということを学び、人間の力では手に負えないことがわかりました。

全ての人が力を合わせ、お互いに助け合わなければならないと思います。私たちがボランティアを行った町は、空っぽ(人がもう住んでいない)でした。早く整備し、修理してもとの状態になるといいと思います。小さな力ですが、助けることができてやりがいを感じるとともに嬉しさも感じました。また機会があったら、被災地に行って手伝いたいと思います。
 
災害は、いつでも、誰にでも起こり得ることです。町の人々も大変ですが、お互いに努力して早く全ての人が以前のように暮らすことができるよう祈っています。

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新宿校 リュウ セイ(中国)

 原文:中国語

2011年3月11日、世界を震撼させた日本の大地震の発生以来、ほぼ全世界の目がこの災難を受けた土地、日本の東北に注がれている。2011年5月27日、私はARC日本語学校の学生として、一日のボランティア活動に参加し、新聞やニュースに何度も登場している場所、日本の仙台に来た。

たった一日の時間は、あっという間に過ぎ去ったが、最も私の印象に残り、忘れることができないのは、長距離バスの旅の疲れではなく、掘り起こす下水道の重さでもない。それは笑顔だった。いまも仙台に住み、我々ボランティアが通過する際に、挨拶とともに浮かべてくれた笑顔である。笑顔の主であるその老いた日本人女性が災難の中で、どれだけ大きな損失を受けたのかわからないが、ただ私が覚えているのは、我々が工具を持ち、彼女の家の大きく破損した庭の前を取ったとき、その日本人女性が、絶えず手を振りながら、我々にお疲れ様といい、何度も何度も、休まずに我々微々たる力のボランティアに限りない謝意を表していたことであり、さらに顔には微笑を浮かべていたのである。

どれだけ多くの人、国、組織が災難からの救済と復興援助をしているのかは、私はわからない。
ただ、私はこのような笑顔さえあれば、災難の後も、新しい生活は、すぐに続けられるであろうと思う。
ひょっとすると、人類はずっとずっと、このような笑顔を道連れにして、歴史の中を歩んできたのかもしれない。

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新宿校 コ トウ(中国)

原文:中国語

突然発生した災難に直面し、ARC日本語学校の学生たちは、天をも動かす、叫びをあげた。
「仙台、我々は君と一緒だ。頑張ろう。 」

この非常事態に、みな被災地のために何かできないか、と献金や支援物資、献血、救援物資の輸送、ボランティアとして現地入りするなどの努力をしている。

我々の被災地への思いは、水のように深く静かに流れていると私は思う。黙して静かではあるが、寡黙な中には、大きな決心と勇気を潜めている。仙台の人々を、我々は愛している。我々の心は被災地の方々にひっぱられ、生命の奇跡に感動させられ、我々の情熱と愛は、火山のように噴火している。

仙台の復興は、1日、2日、1〜2ヶ月、はたまた1〜2年で終るものではなく、仙台の人々の心の痛みも、すぐに消え去るものではない。傷口はしばらくの間、治らないであろう。だからこそ、私はARC日本語学校の学生の1人として、中国人ボランティアの1人として、私は私の全ての力、全ての愛情、全ての能力で仙台の人々を助け、私は自分の光と熱を、そこの発展のために尽くす。我々の愛は、被災地の人々が幸せに過ごせるようになるまで続く。

一緒に被災地に行き、この気持ちをおおいに発揚させ、我々は時間と競争しながら、被災地の仲間たちと、ともに力をあわせ、ともに復興を遂げる。

ARC日本語学校の全ての学生は、心から、被災地の方々が一日でも早く復興し、家族が楽しく暮らせるようになることを祈っている。

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渋谷校 キョウ コウレイ(中国)

 原文:日本語

2011年5月27日、日本語学校の留学生170人がボランティアとして仙台へ行った。実際に仙台へ行ってから、いろいろな事が感じられた。留学生と指導者一緒に側溝からヘドロを除去した。体は全身汚くても一生懸命努力した。一人ひとりの小さい力を合わせて、解決しにくいことまで完成できる。

無事に仙台のボランティア活動が終わってから、仙台の住民たちの「お疲れ様」という言葉を聞いたら、心から本当の笑顔が出た。これからもっと力を入れたい。家屋から土砂搬出は大変な力がかかるけど、文句を言わずにがんばった。 確かに仙台は津波の影響でたくさんのダメージを受けた。 私の思った以上、新しい家も多く作り上げた。まだ全部回復していなかったがこれからますます進むでしょう。今度のボランティア活動すべての留学生は初めて、指導者の言う通り10人を分けた。知らない人が大勢だが全員やる気満々だった。いかに運ぶ仕事は疲れても一緒にやった。指導もすごく親切で難しい事があったら、すぐ私たちに教えてくれた。それもいい勉強になったと思う。今度のボランティア活動の体験は、団体の力がすごく感じた。

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渋谷校 トウ コウ(中国)

 原文:日本語

5月27日、東京や仙台の日本語学校で学ぶ留学生たちが、東日本大震災で被災した宮城県仙台市の住宅地で側溝からヘドロを除去するなどのボランティア活動を行った。

私は幸運にも参加できた。26日夜、私たちは新宿に集合して3台のバスで出発した。翌朝7時に仙台についてから石巻市の現場へ行った。私のチームは側溝のヘドロを除去した。留学生のほとんどがボランティアは初めてであった。みんな地元住民とも積極的に日本語で会話しながらたっぷりと汗を流した。

私は地元住民との会話の中で勇気と楽観的な見方を感じた。あの日は陽光あふれるうららかな景色であった。陽光よりあたたかいのは地元住民の心である。27日夜11時過ぎに東京に戻った。 私は仙台へ行く前、本当に心配した。でも行った後、地元住民のあたたかい心を感じてとても安心した。日本の復興は実現間近だ。がんばろう!日本!

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渋谷校 オウ シエイ(中国)

 原文:日本語

私は、先週の木曜日ボランティアとして東北の震災地へ行った。夜11時夜行バスで行った。出発するとき、自分が興奮して一晩中眠れなかった。どきどきする気持ちが沸くようになった。

朝、宮城県の仙台に着いた。二ヶ月の前、この地方で大地震が起こった。そして大きな損害を被された。日本にいる外国人としてこの場面が一番見てみたかった。災害対策の支援があるので、震災以後にだいたい回復した。でも当地の居民は少ない。

私たちがボランティアとして与えられた仕事は下水道のどぶをさらうことだ。下水道の泥を掘ることは今までしたことはない。泥が重くて臭い。みんな一生懸命に働きながら汗が出た。文句を言う人はぜんぜんいない。自分はがんばれ日本、がんばれ東北、日本を元気にという気持ちを持って力を入れた。ちょっと疲れたけれどうれしかった。私にとっていい体験だった。

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渋谷校 シュウ カシン(中国)

 原文:日本語

寝ている時、電話が鳴った。「もしもしあなたの靴のサイズは何ですか。」僕はちょっと驚いて緊張した。後で僕はボランティアに参加することができるとわかりました。とても興奮した。5月26日晩9時ごろ新宿に集合した。みんな日本語学校の学生だから、つまり全員外国人ということだ。

晩10時ごろみんな出発した。途中僕はいつも「僕はボランティアに行って何をやるのか」と思ったことが多かった。興奮しすぎて寝られなかった。

次の日の朝10時ごろみんな到着した「僕はボランティアに行って何をやるのか」ともう一度思った。「今日の仕事は泥掃除をします」と言いました。100人は4時間ぐらいかかった。300m長さの泥掃除が完了した。とても疲れたから僕は帰る途中で寝られた。

ボランティアの仕事は簡単だがとても価値がある。途中みんな石巻専修大学を見た。大学内にテントをはって寝ます。石巻の人たちはとても不幸だった。人たちの家屋とか車とかもう大体津波で壊れた。僕たちの力は強くない。社会の人たちはみんな一緒に被災地の人たちを手伝うはずだ。 石巻がんばろう、次チャンスがあれば僕は必ず参加する。

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渋谷校 ケイ キュウケツ(中国)

 原文:日本語

5月26日、私はボランティアとして宮城県へ行きました。26日の夜、東京のいろいろな日本語学校の学生は新宿に集まって夜行バスに乗って10時20分に出発しました。三台のバスでたぶん300人ぐらいと思いました。

翌日7時に宮城県に着いた。ボランティアセンターのスタッフはみなさんに説明して、つづいてバスで目的地石巻市に行った。10時半ごろ石巻に着いた。みんな三組に分けて働く工具を取って働く場所へ行った。私の組の仕事は下水道の整理をすることだ。津波からつれての土砂とか紙とか下水道から取った。男性は本当にすごかった。ごみを取ることは大変だった。でも、みなさんぜんぶ一生懸命がんばった。

一時間半後ご飯の時間だ。みなさん一緒にお弁当を食べた。その後で私はあの辺でまわってあるいた。津波でこわれた家や車がいっぱいだ。本当にかわいそうな情況だ。私は心がいたくなった。少し休んだ後でまた一時間働いた。みなさん本当に疲れた。それから温泉の時間だ。松島の温泉はすごくきれいだった。一時間あとで東京に戻った。家へ戻った後で三日間からだがずっといたかった。でもうれしかった。今度もう一度ボランティアをしたい。

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渋谷校 ショウ コウショウ(中国)

 原文:中国語

今回のボランティア活動は、非常に疲れましたが、我々にひとつの道理を教えてくれる非常に有意義なものでした。それは、集団による力は軽視できず、みなで力を合わせれば、なせないことは何もない、ということです。

現地に向かう道では、12時間をかけ、みな一睡もしていませんでしたが、道具を持ち、被災地の住宅の前に立ったときには、みな元気が出てきました。これは、ボランティア志願者の神聖なる使命が、我々に力を与えてくれたものです。仕事の量と時間は多いとは言えませんでしたが、みながそこで一生懸命石を運び、水を通しているのを見て、気持ちがあたたかくなりました。みな出身も国籍も異なっていましたが、ボランティア活動は、我々をひとつにしました。これはいわゆる、 『どこかに難あれば、四方八方から助けが来る』という故事成語そのもので、我々は何の役にもたたない、ホンの少しのことをしたに過ぎないのですが、みな限られた時間の中で、できるだけ多くの作業をしようとだけ考えていました。

ボランティア活動は4時間続きました。みなの服やズボンは泥だらけになりましたが、疲れた顔をしている人はおらず、みな有意義なことをしたと感じていました。出発の際、現地の方々がお礼を言って下さいましたが、我々はあまり時間も長くなく、人数も決して多くなく、ホンの少しのお手伝いしかできなかったことを恥ずかしく思いました。

私はより多くの人にボランティア活動に参加してもらいたいと思っています。もし参加すれば、我々はみな同じ空の下にいるということに気がつくはずですから。

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